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東京地方裁判所 昭和48年(むのイ)530号 決定 1973年5月07日

主文

東京地方検察庁検察官Oが昭和四八年五月四日申立人に対してなした東京地方検察庁で同検察官より接見指定書を受取り、これを持参して大崎警察署係官に交付しない限り、申立人と被疑者らとの接見を拒否する処分を取消す。

理由

一、本件申立の趣旨は、主文と同旨の裁判を求めるというにあり、その理由の要旨は「(一)被疑者らは、昭和四八年四月三〇日頭書被疑事件により代用監獄たる大崎警察署に勾留され、申立人は右被疑者らの依頼により弁護人となろうとする者である。(二)同年五月四日午前九時五〇分ころ、申立人は被疑者らと接見すべく電話により東京地方検察庁検察官Oに対し被疑者らと同日接見したい旨の申入れをしたところ、同検察官は「接見の時刻、時間については、相談の上、具体的指定書を交付するから来庁して頂きたい。接見するためには東京地方検察庁に赴き、検察官の発する指定書を受取りこれを大崎警察署まで持参しないかぎり接見できない」旨答えただけで口頭による指定をしなかった。申立人は、当日他用のため同検察庁まで指定書を受取りに赴くことの困難を述べ、電話によって指定されるよう求めたが、同検察官はこれを拒否した。(三)しかし、元来、刑訴法三九条三項に基く接見の指定は、単に電話など口頭をもってすれば足りるのであって、指定書を必ず検察庁にまで赴いて受取り、これを持参しないかぎり接見を拒否するような検察官の処分は法三九条三項の指定権を濫用し、接見交通権を侵害する違法な方法であるから本申立に及んだ」というものである。

二、当裁判所の事実調の結果によると、右申立理由のうち(一)及び(二)の事実並びに昨今、東京地検管内においては、検察官が具体的指定の必要性があると判断した事件(いわゆる学生公安事件、贈収賄、選挙法違反等の事件等)については、ほぼ一律に、予め代用監獄の長に対し、書面或いは口頭により具体的指定書の持参なき限り接見させるべきでない旨の予告をなし、弁護人らが具体的指定書を持参しないまま所轄警察署に赴いても、被疑者が現に取調中であると否とにかかわらず、右指定書を所持せざること自体を理由として原則的に接見が禁止されるに至ること、従って弁護人らは、これらの事件の被疑者と接見せんと欲せば、必ず検察庁にまで赴き具体的指定書を受取った上、これを所轄警察署係官に持参、交付してはじめて右指定書記載の範囲の接見が許されるに過ぎないのが常態となっていること、本件においてO検察官は、一般的指定書によらず、口頭により大崎警察署長に対して右の通告をなしていたこと、右事情の下で申立人は大崎警察署に赴く以前に検察官に対し直接接見の指定を求めたこと、同検察官は、口頭による接見の指定をしないまま、申立人に対し具体的指定書の受領を求め前記の如き回答をなしたこと、申立人は、具体的指定書を東京地検まで受取りに行かず、結局被疑者らと同日接見できなかったことが疎明される。

三、当裁判所の判断

(一)  刑訴法三九条三項による検察官らの指定権は、捜査のため必要があるときにはじめて行使しうるが、それは単に一般的抽象的に捜査に支障があるという理由では足りず、現に被疑者を取調中等その身柄を必要とする現実的具体的な捜査の必要性をその行使の要件とするものである。従って右指定権は接見交通権と右の捜査の具体的必要性とを時間的に調整する程度のものとして運用されるべきものであり、検察官らは、弁護人らの接見申出があるときは、具体的捜査の必要があるときに限り、速やかな個別的指定をなすことによって本来自由なる接見を一時的に制限できるに過ぎないと解される。

(二)  ところで、検察官らが、法三九条三項の指定を行う際の方式(書面によるか、電話など口頭でなすべきか)、書面によるとした場合の送付方法等については、法は何ら定めるところがなく、これを運用に委ねている。しかし、指定権の行使の方式には、その行使の要件にふさわしい方式をもって最良となすべきである。勿論、検察官の指摘するとおり、書面により指定する方が指定内容の明確を期にしうるが故に、伴い易い過誤を防止しうる点で、接見交通権を不当に侵害しない範囲においては、法はこれを指定権者の健全なる裁量に委ねているものと一応解することができる。しかし右指定の方式として書面による場合に法三九条三項が検察官らに与えた前記三(一)の如き本来の指定権の内容以上の権能を与えてしまい、本来自由なる接見交通権にとって大きな制約を伴う如き運用に至るときは、それによる手続的明確性による利益(それは他に代替手段が皆無というわけではない)を考慮しても、もはや指定権者の裁量に委ねられた範囲を超えるに至るというべきである。

ところで、前記二の疎明によれば、接見指定の一方式として無限定に書面によりうるとすれば、その送付方法の不備に伴い、その受取り及び持参が全て接見者側の負担となること及び特定の事件については書面による指定のみが常態化することを通じて、逆に具体的指定書を持参しない場合における接見が一律に禁止される(具体的捜査の必要があろうとなかろうと)に至るという法三九条一項の原則と三項の例外との間の、又法三九条三項の指定権行使の要件とその行使の方式との間に夫々法の予想しない逆転した運用を招来していることがうかがわれる。してみると、個別的指定を書面により行い申立人にその受領及びその持参を求め得べき場合があるとしても、それには合理的な限界が画されるべきであり、例えば(1)指定権者と弁護人らが対面しており直ちに指定書の受領を求めうべき場合、(2)弁護人らの希望又は同意のある場合(書面によることのプラスは、その受領、持参の労力の点を除けば、個別的指定の運用が法本来の在り方に従って行われる限り、主として接見者側のものと考えられる)等、弁護人らの接見にその意に反した加重な負担をかけるのでない場合に限られ、右以外の場合に個別的指定を書面によるものとなし、その受領、所轄警察署までへの持参、係官への交付を全て接見者側の負担とすることは、本来自由なる接見交通権に法の予定しない制約を課するもので、法三九条三項の指定権行使に関し捜査機関に与えられた裁量の範囲を逸脱する違法のものと解さざるをえない。

(三)  本件において、同検察官は、右(1)(2)のいずれの場合でもないのに、大崎警察署の長に対し、具体的指定書を持参せざる限り弁護人らと被疑者らとの接見を禁止すべき旨の予告をなした上、接見申出をなした申立人に対し、捜査の必要と接見の必要とを調整した口頭による個別的指定をしないまま、具体的指定書の受取及びその持参と交付という新たな手続を申立人に課し、結局右の手続を履践しなかった申立人が被疑者らと接見しえなかったものであって、これを全体としてみるときは、同検察官の法三九条三項の指定権行使についての裁量を逸脱した違法の処分といわざるをえない。

よって、本件申立は理由があるので、同法四三二条、四二六条二項により主文のとおり決定する。

(裁判官 秋山賢三)

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